鏡と女をテーマに、3つの物語を書きました。
鏡の中で、年齢を重ねていける事は、素晴らしいことなのかもしれません。
資生堂企業/鏡の中の女たち①「鏡の中の約束」
NA:かわいいわね。
なんてきれいなんでしょう。
(M)〜
少女の髪を梳(くしけず)りながら
母親は、呪文のように繰り返した。
かわいいわね。
なんてきれいなんでしょう。
少女は、うれしくなって
鏡の中に微笑んだ。
母も一緒に微笑んだ。
三面鏡の中の、二人の笑顔は
いくつにも、いくつにも、重なって
少女はますます楽しくなった。
そして、鏡の前に座ることが、大好きになった。
母は、その後も、呪文を繰り返した。
かわいいわね。
なんてきれいなんでしょう。
そして、肌の手入れや
髪の美しい結い方を、教えた。
でも、いつの日か、少女は気づいていた。
母以外の誰も、その呪文を言ってくれないことに。
親の目からだけ、自分が美しい娘であることに。
しかし、彼女は鏡に向かって微笑み続けた。
母を信じていたから。
いつも、髪をきれいにとかし、
いつも、肌を優しくいたわり、
そして、丁寧にメイクをした。
ある日、彼女の前に一人の男が現れて、こう言った。
かわいいね、なんてきれいなんだ・・
母の呪文は、いつか、本当になっていた。
〜(M)〜
一瞬も、一生も、美しく。
資生堂。
資生堂企業/鏡の中の女たち②「鏡の中のラブレター」
(M)〜
NA:彼女は、生まれながらに内気だった。
その派手な顔立ちからは、想像もできないほど。
そんなある日、彼女は、恋をした。
同じ会社の、内気な男に・・
内気と内気。
永遠に反発しあう、磁石のN極とN極のように
二人は、気になっているのにそっぽを向く。
彼の髪の匂いは、どんなだろうと想像し
うっとりすることもあったが
できたのは、せいぜい
書類の不備について尋ねるフリをして
彼の頭の上に、身を屈めることぐらいだった。
(結局、)髪の匂いは、わからなかった。
緊張した彼が、
椅子をずりずりと遠ざけてしまったから。
このままでは、このままだ・・
彼女は、恋文を書くことにした。
鏡の中の、自分の顔に。
肌を輝かせる艶やかなファンデーションで
ある日は、瞳に憂いを宿すアイシャドウで
紅筆は、何よりも雄弁だった。
彼女は、達筆に
もの言いたげな唇を描いた。
磁力が生まれ、彼は引かれた。
そして彼女は、その人の、髪の匂いを知った。
〜(M)〜
一瞬も、一生も、美しく。
資生堂。
資生堂企業/鏡の中の女たち③「鏡の中の親友」
(M)〜
NA:女は、鏡の中の自分の顔を見つめた。
ドレッサーにうっすらと積もる埃のように
時間もまた、肌の上に降り積もる。
去年は無かった時の痕跡を、ひとつ見つけて
悲しむというより、むしろ愛おしげに
そのかすかな皺に、指を這わせた。
ほら、見える?
彼女が話しかけたのは、彼女の親友で
もはやこの世にはいない。
消える寸前に、
ため息まじりに、こうつぶやいたのだった。
「老けるっていいわね。
私、年を取ると、どんな顔になったのかしら?」
その言葉が、いたく胸に響いたので
彼女は、親友をココロの中に住まわせて
時々,自分の顔を見せるのだ。
「ほら、こんな風になるのよ。」
親友が喜ぶので、
彼女も、時の痕跡をむしろ喜ぶ。
しかし、親友は決して年を取らない。
夭折した映画スターのように、二十歳のままだ。
ちょっと不公平かもしれない・・
彼女は、そう思いながら、
今日も心を込めて、肌の手入れをする。
鏡の中の親友に
彼女が持つことのできなかった
美しく時を重ねた顔を,見せたいから。
〜(M)〜
一瞬も、一生も、美しく。
資生堂。
2008年
ACCファイナリスト